› 特別な時を過ごす大人の為のイタリアン リストランテ ラビュー › イタリアの州と美味しい街2012年05月15日
2012特集 ④ マルケ州 Ⅵ アスコリ・ピチェーノ & フェルモ & マチェラータ
マルケ州の最終回は、南部の3つの県を紹介します。

中央部に位置するマチェラータ県、新しくできたフェルモ県、緑豊かなアスコリ・ピチェーノ県の3県です。
マチェラータ県

マチェラータ県は、のどかな丘陵地帯の中にあり、ルネッサンス期やバロック様式の建築物が多く残る息吹を感じさせるところです。
中世都市に残る古い教会や古代ローマ時代に遡る考古学地区がこの町の見どころです。
マチェラータ市

マチェラータは14世紀の城壁に囲まれた町。
丘の上の旧市街があり、大聖堂や大学は旧市街にあり、城壁の外の新市街には、比較的新しい住宅地がひろがっています。

旧市街の中心地、 “ 自由広場 ” 。 左側に建つのが17世紀建立の町のシンボルの “ 時計塔 ” と “ ラウロ・ロッシ劇場 ” 。
塔に登ることができて、上から見るパノラマは絶景です。丘の上にある町の一番高い塔からは、お天気が良いとマルケ州が見渡せるような、遠くはお隣のアブルッツォ州まで見渡すことができます。

旧市街と新市街の境目にこちらの 「 アレーナ・スフェリステーリオ劇場 」 があります。 元々は、球技場だったそうです。
(マチェラータ市 1枚目の写真のアレーナ)
この劇場は19世紀初頭の建造物で、7000人が収容できる大きさを誇り、世界的にも有名になった野外オペラ 『 マチェラータ・オペラフェスティバル 』 は、ここで行われています。

夏に開かれるマチェラータの音楽祭は、ヴェローナのオペラフェスティバルと並ぶ知名度。
美しい星空の下で催される野外のオペラは、1967年から毎夏行われている音楽の祭典です。
天井のないアレーナからは、旧市街の町並や時計塔が見え、より一層中世の雰囲気を演出しています。
(マチェラータ市 1枚目の写真のアレーナ)
レカナーティ

イタリアの偉大な19世紀の詩人 『 ジャーコモ・レオパルディ 』 は、レカナ―ティの貴族の生まれ。 長男である彼は父親の命令により、教育され育ちました。
父親は世間との関わりと断ち、レオパルディ家の膨大な蔵書を有する書斎 (規模的には図書館) で人生の大半を送り、その上、息子のジャコモにも同じような生活を強いていたそう。
そのおかげで、彼は幼少期にはラテン語とギリシャ語を会得し、英語にフランス語、スペイン語、はたまたヘブライ語まで数カ国語を理解していたそうです。

ジャコモ・レオパルディの生家である4階建ての大きな館レオパルディ邸は、18世紀の建物。 現在は、 レオパルディ博物館 になっていて、カフェも併設されています。
体を酷使したこと ( 勉学に没頭しすぎ ) が災いしてか、次第に視力も体力も衰え、躁鬱病も患っていったそうです。
彼が、父親の束縛からやっと解き放たれ、この家、この町を出たのは、23歳になってからでした。
ですが、38歳で生涯を閉じてしまいました。
フェルモ県

フェルモ県は、2004年にアスコリ・ピチェーノ県から分割され誕生した新しい県です。

大聖堂がそびえ建つ丘から、傾斜して町ができています。

町の中心地のポポロ広場には、華やかなルネッサンス時代の建築物が並びます。
プリーオーリ宮は、現在は市立絵画美術館となっていて、ルーベンスの作品も展示されているアポストーリコ邸が建ち並びます。

紀元1世紀に古代ローマ人により造られた地下貯水路。
アスコリピチェーノ県

古代ローマ以前にピチェーノ民族によって建設されたとあります。 時代ごとの建築物、建築様式がこの県の歴史を物語ります。
また、雄大なシビッリー二山国立公園、グランサッソ&ラーガ国立公園がある自然の宝庫。
アスコリ・ピチェーノ市

町のシンボルであるポポロ広場。 ゴシック建築の聖フランチェスコ教会は、13世紀から14世紀に造られたもので、ポポロ宮殿は、13世紀から16世紀に建てられました。

聖フランチェスコ教会の隣りの回廊は、当時から市場として使われていて、16世紀に造られたものなのですが、当時既に雨風をしのげるようにと造られた建物。

聖フランチェスコ教会のドーム屋根と鐘楼。
オッフィーダ

オッフィーダの村は、伝統のレース編みで知られています。
村の路地を歩くと、あちらこちらで年配の女性たちがレース編みにふける姿を見ることができますよ。
アルクァータ・デル・トロント

シビッリーニ山脈国立公園とグラン・サッソ&ラーガ山脈国立公園の2つの国立公園に含まれている唯一の街。
海抜777mの高さの丘の上にそびえる中世の要塞からの眺めは、最高。 要塞は、13世紀に建立されたものです。
マルケ州は、芸術への造詣が深い方には、たまらなく興味をそそる州だと最初にお伝えしましたが、また食通の方にもさけては通ることのできない州なのです。
いつの日かマルケ州へ食の旅へ出かけてみませんか。
Foto da comune di Macerata e comune ascolipiceno e turismomarche

中央部に位置するマチェラータ県、新しくできたフェルモ県、緑豊かなアスコリ・ピチェーノ県の3県です。
マチェラータ県
マチェラータ県は、のどかな丘陵地帯の中にあり、ルネッサンス期やバロック様式の建築物が多く残る息吹を感じさせるところです。
中世都市に残る古い教会や古代ローマ時代に遡る考古学地区がこの町の見どころです。
マチェラータ市
マチェラータは14世紀の城壁に囲まれた町。
丘の上の旧市街があり、大聖堂や大学は旧市街にあり、城壁の外の新市街には、比較的新しい住宅地がひろがっています。

旧市街の中心地、 “ 自由広場 ” 。 左側に建つのが17世紀建立の町のシンボルの “ 時計塔 ” と “ ラウロ・ロッシ劇場 ” 。
塔に登ることができて、上から見るパノラマは絶景です。丘の上にある町の一番高い塔からは、お天気が良いとマルケ州が見渡せるような、遠くはお隣のアブルッツォ州まで見渡すことができます。

旧市街と新市街の境目にこちらの 「 アレーナ・スフェリステーリオ劇場 」 があります。 元々は、球技場だったそうです。
(マチェラータ市 1枚目の写真のアレーナ)
この劇場は19世紀初頭の建造物で、7000人が収容できる大きさを誇り、世界的にも有名になった野外オペラ 『 マチェラータ・オペラフェスティバル 』 は、ここで行われています。

夏に開かれるマチェラータの音楽祭は、ヴェローナのオペラフェスティバルと並ぶ知名度。
美しい星空の下で催される野外のオペラは、1967年から毎夏行われている音楽の祭典です。 天井のないアレーナからは、旧市街の町並や時計塔が見え、より一層中世の雰囲気を演出しています。
(マチェラータ市 1枚目の写真のアレーナ)
レカナーティ
イタリアの偉大な19世紀の詩人 『 ジャーコモ・レオパルディ 』 は、レカナ―ティの貴族の生まれ。 長男である彼は父親の命令により、教育され育ちました。
父親は世間との関わりと断ち、レオパルディ家の膨大な蔵書を有する書斎 (規模的には図書館) で人生の大半を送り、その上、息子のジャコモにも同じような生活を強いていたそう。
そのおかげで、彼は幼少期にはラテン語とギリシャ語を会得し、英語にフランス語、スペイン語、はたまたヘブライ語まで数カ国語を理解していたそうです。

ジャコモ・レオパルディの生家である4階建ての大きな館レオパルディ邸は、18世紀の建物。 現在は、 レオパルディ博物館 になっていて、カフェも併設されています。
体を酷使したこと ( 勉学に没頭しすぎ ) が災いしてか、次第に視力も体力も衰え、躁鬱病も患っていったそうです。
彼が、父親の束縛からやっと解き放たれ、この家、この町を出たのは、23歳になってからでした。
ですが、38歳で生涯を閉じてしまいました。
フェルモ県
フェルモ県は、2004年にアスコリ・ピチェーノ県から分割され誕生した新しい県です。

大聖堂がそびえ建つ丘から、傾斜して町ができています。

町の中心地のポポロ広場には、華やかなルネッサンス時代の建築物が並びます。
プリーオーリ宮は、現在は市立絵画美術館となっていて、ルーベンスの作品も展示されているアポストーリコ邸が建ち並びます。

紀元1世紀に古代ローマ人により造られた地下貯水路。
アスコリピチェーノ県
古代ローマ以前にピチェーノ民族によって建設されたとあります。 時代ごとの建築物、建築様式がこの県の歴史を物語ります。
また、雄大なシビッリー二山国立公園、グランサッソ&ラーガ国立公園がある自然の宝庫。
アスコリ・ピチェーノ市
町のシンボルであるポポロ広場。 ゴシック建築の聖フランチェスコ教会は、13世紀から14世紀に造られたもので、ポポロ宮殿は、13世紀から16世紀に建てられました。

聖フランチェスコ教会の隣りの回廊は、当時から市場として使われていて、16世紀に造られたものなのですが、当時既に雨風をしのげるようにと造られた建物。

聖フランチェスコ教会のドーム屋根と鐘楼。
オッフィーダ
オッフィーダの村は、伝統のレース編みで知られています。
村の路地を歩くと、あちらこちらで年配の女性たちがレース編みにふける姿を見ることができますよ。
アルクァータ・デル・トロント
シビッリーニ山脈国立公園とグラン・サッソ&ラーガ山脈国立公園の2つの国立公園に含まれている唯一の街。
海抜777mの高さの丘の上にそびえる中世の要塞からの眺めは、最高。 要塞は、13世紀に建立されたものです。
マルケ州は、芸術への造詣が深い方には、たまらなく興味をそそる州だと最初にお伝えしましたが、また食通の方にもさけては通ることのできない州なのです。
いつの日かマルケ州へ食の旅へ出かけてみませんか。
Foto da comune di Macerata e comune ascolipiceno e turismomarche
Posted by リストランテ ラビュー Ristorante Ravieu at
19:39
│イタリアの州と美味しい街
2012年05月10日
2012特集 ④ マルケ州 Ⅴ ペーザロ・ウルビーノ県
今日は、ペーザロ・ウルビーノ県の紹介です。
マルケ州の北部にあり、エミリアロマーニャ州とトスカーナ州、
そしてサンマリノ共和国に接しています。

県名は、ペーザロ市とウルビーノ市の両方の名前が付いてところが気になるところ。
では、まず海沿いに接するペーザロ市の紹介から。
ペーザロ

アドリア海に面しているペーザロ市は、ペーザロ・ウルビーノ県の県都で、作曲家ロッシーニの生誕地として有名ですが、イタリアの中でもクオリティーの高いビーチとして屈指の避暑地です。

県庁舎(後ろの建物)のあるポポロ広場の噴水(17世紀建造)は、街のシンボル。 県庁舎は、15~16世紀の建築物です。

こちらは、1792年にロッシーニが生まれた家で、現在はロッシーニ博物館となっていて、氏の愛用品や肖像画や楽譜などを見ることができます。
また町の至る所には、ロッシーニと名のついた通りの名前や音楽の学校、劇場、ホテル、レストランなどがあります。
*参照 ロッシーニ・フェスティバル
美食家ロッシーニ
ファーノ

ペーザロの南にあるファーノ市の中心広場である9月20日広場。
この広場は、古代から政治の中心地だった場所であり、街の歴史を物語る場所です。

広場のシンボル “ 幸運の噴水 ” 。16世紀に造られ、現在は修復された大理石の噴水で、名前の由来は、真ん中に立派な女神フォーチューン像にあります。

「 マラテスタの要塞 」 。13~15世紀にこの地を支配していたマラテスタ家の城跡。
ファーノ名物のカーニヴァル
ペーザロに次ぐアドリア海のリゾート地、ファーノにも夏には多くの人でにぎわいますが、真冬の2月にも恒例のカーニヴァルで多くの観光客が訪れるところです。

ヴェネチィアやヴィアレッジョのカーニヴァルとはまた少し違った雰囲気があります。 イタリア色よりもディズニーの山車のようですね。 もちろん、ひとつひとつに意味がある妖怪たち。

沿道の人々が傘をひっくり返しているところに注目!
山車からお菓子が降ってくるので、子供たちは大きい傘を用意して一生懸命ゲットしようと夢中です。
グラダーラ

ペーザロ近郊の中世の街グラダーラのお城は、前述のマラテスタ家が13世紀に建てたお城。
グラダーラ城は、 “ 悲恋のお城 ” として有名で、多くの観光客やマニアが訪れるお城。

かのダンテの 『 神曲 』 の地獄編 第5章 「 パオロとフランチェスカの悲恋の物語 」 の舞台となったお城なのです。
そして、悲恋の終焉を迎えた部屋も現存しています。
この古城は、珍しいほどにほぼ完全な姿で残っていて、当時の芸術作品等も保存されている歴史的に稀なる貴重なお城。

また領土争いの戦禍では、完全なる要塞基地として使われた歴史持っていた為、1000年以上も前の武器庫や恐ろしい拷問部屋も残されています。
ウルバニア

町の名前は、 ローマ法王ウルバーノ8世に由来している。
ウルビーノ

ペーザロ&ウルビーノ県の第2の都市ウルビーノは、ペーザロから内陸に約36kmの所にあります。
世界遺産にも登録されている古都ウルビーノは、 “ マルケ州の宝石 ” と称されるルネッサンス時代の雰囲気の残る町で、かのラファエッロとブラマンテの生誕地です。

芸術の町ウルビーノは、モンテフェルトロ家の領土の時代に繁栄し、ルネッサンスが花開いたのは、フェデリーコ公爵の時代。
ウルビーノのシンボル 『 パラッツォ・ドゥカーレ(公爵の館) 』 は、ルネッサンス時代の貴重な建築物であるこの宮殿。 初めて軍事目的ではなく、華麗なお城をイメージして建てられたそうです。
現在はマルケ州の国立美術館になっていて、ラッファエッロの作品を初め、多くの絵画が展示されています。
* 参照 ウルビーノのお祭り
ラッファエッロの生家

ラッファエッロ通りと名のついた急な坂道の途中に、ラッファエッロの生家があります。 中は博物館になっているので見学することができます。
Foto da Marchenotizie fano.it, marchecitta.it oltrefano, comune di urbino
マルケ州の北部にあり、エミリアロマーニャ州とトスカーナ州、
そしてサンマリノ共和国に接しています。

県名は、ペーザロ市とウルビーノ市の両方の名前が付いてところが気になるところ。
では、まず海沿いに接するペーザロ市の紹介から。
ペーザロ
アドリア海に面しているペーザロ市は、ペーザロ・ウルビーノ県の県都で、作曲家ロッシーニの生誕地として有名ですが、イタリアの中でもクオリティーの高いビーチとして屈指の避暑地です。

県庁舎(後ろの建物)のあるポポロ広場の噴水(17世紀建造)は、街のシンボル。 県庁舎は、15~16世紀の建築物です。

こちらは、1792年にロッシーニが生まれた家で、現在はロッシーニ博物館となっていて、氏の愛用品や肖像画や楽譜などを見ることができます。
また町の至る所には、ロッシーニと名のついた通りの名前や音楽の学校、劇場、ホテル、レストランなどがあります。
*参照 ロッシーニ・フェスティバル
美食家ロッシーニ
ファーノ
ペーザロの南にあるファーノ市の中心広場である9月20日広場。
この広場は、古代から政治の中心地だった場所であり、街の歴史を物語る場所です。

広場のシンボル “ 幸運の噴水 ” 。16世紀に造られ、現在は修復された大理石の噴水で、名前の由来は、真ん中に立派な女神フォーチューン像にあります。

「 マラテスタの要塞 」 。13~15世紀にこの地を支配していたマラテスタ家の城跡。
ファーノ名物のカーニヴァルペーザロに次ぐアドリア海のリゾート地、ファーノにも夏には多くの人でにぎわいますが、真冬の2月にも恒例のカーニヴァルで多くの観光客が訪れるところです。

ヴェネチィアやヴィアレッジョのカーニヴァルとはまた少し違った雰囲気があります。 イタリア色よりもディズニーの山車のようですね。 もちろん、ひとつひとつに意味がある妖怪たち。

沿道の人々が傘をひっくり返しているところに注目!
山車からお菓子が降ってくるので、子供たちは大きい傘を用意して一生懸命ゲットしようと夢中です。
グラダーラ
ペーザロ近郊の中世の街グラダーラのお城は、前述のマラテスタ家が13世紀に建てたお城。
グラダーラ城は、 “ 悲恋のお城 ” として有名で、多くの観光客やマニアが訪れるお城。

かのダンテの 『 神曲 』 の地獄編 第5章 「 パオロとフランチェスカの悲恋の物語 」 の舞台となったお城なのです。
そして、悲恋の終焉を迎えた部屋も現存しています。
この古城は、珍しいほどにほぼ完全な姿で残っていて、当時の芸術作品等も保存されている歴史的に稀なる貴重なお城。

また領土争いの戦禍では、完全なる要塞基地として使われた歴史持っていた為、1000年以上も前の武器庫や恐ろしい拷問部屋も残されています。
ウルバニア
町の名前は、 ローマ法王ウルバーノ8世に由来している。
ウルビーノ
ペーザロ&ウルビーノ県の第2の都市ウルビーノは、ペーザロから内陸に約36kmの所にあります。
世界遺産にも登録されている古都ウルビーノは、 “ マルケ州の宝石 ” と称されるルネッサンス時代の雰囲気の残る町で、かのラファエッロとブラマンテの生誕地です。

芸術の町ウルビーノは、モンテフェルトロ家の領土の時代に繁栄し、ルネッサンスが花開いたのは、フェデリーコ公爵の時代。
ウルビーノのシンボル 『 パラッツォ・ドゥカーレ(公爵の館) 』 は、ルネッサンス時代の貴重な建築物であるこの宮殿。 初めて軍事目的ではなく、華麗なお城をイメージして建てられたそうです。
現在はマルケ州の国立美術館になっていて、ラッファエッロの作品を初め、多くの絵画が展示されています。
* 参照 ウルビーノのお祭り
ラッファエッロの生家
ラッファエッロ通りと名のついた急な坂道の途中に、ラッファエッロの生家があります。 中は博物館になっているので見学することができます。
Foto da Marchenotizie fano.it, marchecitta.it oltrefano, comune di urbino
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15:50
│イタリアの州と美味しい街
2012年05月05日
2012特集 ④ マルケ州 Ⅳ 特産品&ドルチェ
今日は、食の宝庫マルケ州の特産品とお菓子を紹介します。
マルケ州のチーズ

マルケ州のチーズの歴史はとても古くから存在していたと記録があるそうです。 そして、初代ローマ皇帝アウグストゥスの時代には、すでにローマでは高い評価を受けていたそうです。
カショッタ・ウルビーノチーズ

羊の乳から作られるウルビーノ特産のこのチーズは、マルケ州のチーズの中で唯一DOPの認定を受けているチーズです。 ラファエッロもお気に入りだったこのチーズには、この町出身のラファエッロが描かれています。
*DOPとは、EU (欧州連合) の定めた保護指定原産地表示のことで、品質を保証するものです。
フォルマッジョ・ディ・フォッサ

このチーズは、「フォルマッジョ・ディ・フォッサ」 または 「アンブラ・ディ・タラメッロ 」と呼ばれていて、 “ 穴の中のチーズ ” とか “ タラメッロ村の琥珀 ” を意味しています。
その昔、略奪から守るため、貴重な食材であったこのチーズを布で包み、地下に掘った穴の中に隠したのが製法の由来という説や、猛暑から守る自然の冷蔵庫の地下に保存したという説もあります。
チーズは、8月から11月の間の約3カ月間、地下の穴で発酵されます。 涼しくなった秋頃に蓋が開けられると、ものすごい強烈な匂いを放ち、色は琥珀のように金色に発酵しています。

それはそれはすごい匂いと濃厚な味なので、クサイものがお好きな方にはたまらないようです。
シビッリーニ山や山間の郷土食
緑豊かな山間の山岳地方のアグリツーリズモ(農業体験宿泊施設)や農家レストランでは、ミルクやチーズ、ワインなどもすべて自家製なので、自給自足の食材で郷土料理がいただけますよ。
マルケ州の大麦&小麦

マルケ州はまた小麦などの穀物栽培の盛んです。
現在では、マルケのパスタは高品質で知られるようになしました。

軟質タイプの小麦粉と硬質タイプの小麦粉も品質改良がなされ、更には有機栽培で完全無農薬の小麦などの生産が可能になり、進化を遂げています。
昨日紹介したカンポフィローネ村のパスタ 『 マッケッローニ・ディ・カンポフィローネ 』は、村の特産品のデュラムセモリナ粉と卵だけで練ったパスタです。


ちなみに当店で使用しているパスタもマルケ州で
作られているパスタです。
ドルチェ (デザート・銘菓)
小麦粉が高品質であるので、粉をふんだんに使った菓子が多く、粉の良し悪しがはっきり分かるのが粉菓子の特徴。 晴れの日の祝祭日や宗教行事などのイベントの際にいただく菓子を紹介。
チチェルキアータ

小麦粉やオリーブオイル、卵などを混ぜて、小さく丸めて揚げたものを、さらに煮詰めたハチミツと混ぜ固めたお菓子です。 マルケの他中南部イタリアでカーニヴァルの際のお菓子です。
スフラッペ

卵と小麦粉で練った生地をひねって揚げた平たいかりんとうのような伝統菓子。 上からハチミツをかけたり、粉糖をふりかけていただきます。
カスタニョーレ

小麦粉と卵とミルクが主な材料なので、マルケの “ サーターアンダギー ” かな。 現地では、栗の形に似ていることから「栗のような菓子」という名前がついています。
スクロッカフージ

カスタニョーレを作る材料は一緒ですが、より割れ目ができるように揚げると、花びらが開いたように見える揚げ菓子。
花びら部分に赤く色づけして、お祭り用の立派なお菓子です。
クリスマスのお菓子

マルケ州全土で食べられるクリスマスのケーキです。
中身は、イチジクやレーズン、松の実、くるみ、アーモンドに、高品質の全粒粉と蜂蜜を混ぜて作ったケーキです。
どっしりと重量感のあるケーキです。
このケーキは、各地方によって呼び名が異なっているのです。 北部地方では 「 ボストレンゴ 」 、中南部の方では 「 フルスティンゴ 」 や 「 ピスティンゴ 」 と呼ばれています。
リキュール 『 アニゼッタ 』

アスコリ・ピチェーノ州のメレッティ社のオリジナルリキュール。
地元で栽培されているハーブ類とスターアニス(八角)の種子を使って造られた蒸留酒で34度。
リキュール 『 ミストラ 』

アニスの種子だけで造られた昔ながらの製法で造られたこの土地の蒸留酒で、45度。
何十年、何世紀経っても変わらない田舎の風景と暮らし。
ロッシーニの音楽が流れ、ラッファエロの絵画がさりげなく飾られ、ブラマンテの建築物があるこの土地には、豪華絢爛とかきらびやかなものとは無縁ですが、豊かな最高品質の食材があふれる宝庫です。
Foto da cucina corrierre,marchigiani, turismonumana.it rigionemarche, Meletti
マルケ州のチーズ
マルケ州のチーズの歴史はとても古くから存在していたと記録があるそうです。 そして、初代ローマ皇帝アウグストゥスの時代には、すでにローマでは高い評価を受けていたそうです。
カショッタ・ウルビーノチーズ 
羊の乳から作られるウルビーノ特産のこのチーズは、マルケ州のチーズの中で唯一DOPの認定を受けているチーズです。 ラファエッロもお気に入りだったこのチーズには、この町出身のラファエッロが描かれています。
*DOPとは、EU (欧州連合) の定めた保護指定原産地表示のことで、品質を保証するものです。
フォルマッジョ・ディ・フォッサ 
このチーズは、「フォルマッジョ・ディ・フォッサ」 または 「アンブラ・ディ・タラメッロ 」と呼ばれていて、 “ 穴の中のチーズ ” とか “ タラメッロ村の琥珀 ” を意味しています。
その昔、略奪から守るため、貴重な食材であったこのチーズを布で包み、地下に掘った穴の中に隠したのが製法の由来という説や、猛暑から守る自然の冷蔵庫の地下に保存したという説もあります。
チーズは、8月から11月の間の約3カ月間、地下の穴で発酵されます。 涼しくなった秋頃に蓋が開けられると、ものすごい強烈な匂いを放ち、色は琥珀のように金色に発酵しています。

それはそれはすごい匂いと濃厚な味なので、クサイものがお好きな方にはたまらないようです。
シビッリーニ山や山間の郷土食 緑豊かな山間の山岳地方のアグリツーリズモ(農業体験宿泊施設)や農家レストランでは、ミルクやチーズ、ワインなどもすべて自家製なので、自給自足の食材で郷土料理がいただけますよ。
マルケ州の大麦&小麦
マルケ州はまた小麦などの穀物栽培の盛んです。
現在では、マルケのパスタは高品質で知られるようになしました。

軟質タイプの小麦粉と硬質タイプの小麦粉も品質改良がなされ、更には有機栽培で完全無農薬の小麦などの生産が可能になり、進化を遂げています。
昨日紹介したカンポフィローネ村のパスタ 『 マッケッローニ・ディ・カンポフィローネ 』は、村の特産品のデュラムセモリナ粉と卵だけで練ったパスタです。


ちなみに当店で使用しているパスタもマルケ州で作られているパスタです。
ドルチェ (デザート・銘菓)小麦粉が高品質であるので、粉をふんだんに使った菓子が多く、粉の良し悪しがはっきり分かるのが粉菓子の特徴。 晴れの日の祝祭日や宗教行事などのイベントの際にいただく菓子を紹介。
チチェルキアータ
小麦粉やオリーブオイル、卵などを混ぜて、小さく丸めて揚げたものを、さらに煮詰めたハチミツと混ぜ固めたお菓子です。 マルケの他中南部イタリアでカーニヴァルの際のお菓子です。
スフラッペ
卵と小麦粉で練った生地をひねって揚げた平たいかりんとうのような伝統菓子。 上からハチミツをかけたり、粉糖をふりかけていただきます。
カスタニョーレ
小麦粉と卵とミルクが主な材料なので、マルケの “ サーターアンダギー ” かな。 現地では、栗の形に似ていることから「栗のような菓子」という名前がついています。
スクロッカフージ
カスタニョーレを作る材料は一緒ですが、より割れ目ができるように揚げると、花びらが開いたように見える揚げ菓子。
花びら部分に赤く色づけして、お祭り用の立派なお菓子です。
クリスマスのお菓子
マルケ州全土で食べられるクリスマスのケーキです。
中身は、イチジクやレーズン、松の実、くるみ、アーモンドに、高品質の全粒粉と蜂蜜を混ぜて作ったケーキです。
どっしりと重量感のあるケーキです。
このケーキは、各地方によって呼び名が異なっているのです。 北部地方では 「 ボストレンゴ 」 、中南部の方では 「 フルスティンゴ 」 や 「 ピスティンゴ 」 と呼ばれています。
リキュール 『 アニゼッタ 』
アスコリ・ピチェーノ州のメレッティ社のオリジナルリキュール。
地元で栽培されているハーブ類とスターアニス(八角)の種子を使って造られた蒸留酒で34度。
リキュール 『 ミストラ 』
アニスの種子だけで造られた昔ながらの製法で造られたこの土地の蒸留酒で、45度。
何十年、何世紀経っても変わらない田舎の風景と暮らし。
ロッシーニの音楽が流れ、ラッファエロの絵画がさりげなく飾られ、ブラマンテの建築物があるこの土地には、豪華絢爛とかきらびやかなものとは無縁ですが、豊かな最高品質の食材があふれる宝庫です。
Foto da cucina corrierre,marchigiani, turismonumana.it rigionemarche, Meletti
Posted by リストランテ ラビュー Ristorante Ravieu at
18:55
│イタリアの州と美味しい街
2012年05月03日
2012特集 ④ マルケ州 Ⅲ 伝統食材と郷土料理
マルケ州の郷土料理とドルチェや銘菓を紹介します。

美食家グルマンのジョアキーノ・ロッシーニが育ったマルケ州は、東にアドリア海、内陸にはアッペンニーノ山脈があり、新鮮な食材、自然の恩恵に授かった食材が豊富なところです。

マルケ州は食材が豊富なことから、各地域の伝統料理が数多く存在しています。
魚貝料理はもちろんのこと、トリュフの産地でもあり、数種類のきのこや栗やドングリ、松の実など、それらを食し育った名物の豚料理に至るまでバラエティに富んでいます。
魚貝料理
アドリア海の新鮮な魚貝を使ったシーフード料理は、地域ごとのオリジナル色を出した伝統料理として愛されています。
魚介のスープ 『 ブロデット 』

マルケ州のブイヤベースと言うと分かりやすいでしょうか。
新鮮な魚介をふんだんに使っているので、海岸沿いの地域の自慢の一皿です。
干しダラ料理 『 ストッカフィッソ 』

アンコーナの伝統料理で、干した鱈(タラ)を使ったお料理です。
肉料理
マルケ州は、牛、豚、鶏、野生のジビエなどの肉料理は、マルケ 州のシンボル的なお料理です。

とりわけ豚は、沖縄と同じように鳴き声以外のすべてを食することで有名。 こちらは子豚の丸焼き。
子豚料理 『 コニリオ・イン・ポルケッタ 』

豚肉の中にウサギ肉を詰めてローストしたお料理。
子豚料理 『 ポッロ・イン・ポルケッタ 』

こちらは、鶏肉を詰めた子豚料理。
豚肉のハムやサラミなどの加工食品

豚を余すことなく使って作られる様々なハムやサラミの種類の豊富さに、感動さえ覚えます。
豚の鼻のソーセージなど興味深いものもあります。
プロシュット・ディ・カルペーニャ

生ハムで有名なエミリア・ロマーナ州のすぐお隣りにあるカルペーニャの村の生ハムも高品質の生ハムの産地です。
マルケ風ラザーニェ 『 ヴィンチ・グラッシ 』

ラザーニェ(ラザニア)は、豚のひき肉を使ったパスタ料理ですが、マルケ州のラザーニェ 『 ヴィンチスグラッシ 』 は、ひと味違うそうです。 地域により、家庭により異なりますが、豚の血やレバーも入れるところもあるそうです。
オリーブのフライ 『 アスコラーナ 』

アスコリ・ピチェーノの名物料理 『 アスコラーナ 』 。
アスコリ・ピチェーノで獲れる大粒のオリーブの実にミンチ肉を詰めて揚げた料理で、冷えた白ワイン“ヴェルディッキオ”に合うおつまみです。
ウルビーノの名物パスタ 『 パッサテッリ 』

パン粉にマルミジャーノ・チーズにお肉などを混ぜてこねたパスタ料理。 ブロードのスープで茹でたパスタで、日本のだんご汁に近いものです。
*このお料理は、お隣りエミリア・ロマーニャやトスカーナにも存在しています。
パスタ 『 マッケローニ・ディ・カンポフィローネ 』
アスコリ・ピチェーノ県にあるカンポフィローネという町の名物パスタ。 素麺のように細いパスタです。
かたつむり料理

フランスでは一般的なカタツムリ。 山間のマルケ州やお隣りのウンブリア州でも古くから食べられている食材です。
フェンネル(ウイキョウ)やハーブとトマトなどで煮込んだ郷土料理。
興味のある方は是非お試しあれ!
いろいろとマルケの名物料理を並べてみましたが、これもほんの一部でしかありません。 マルケのお料理は味付けがしっかり、濃いめに感じますが、食材の持つ風味の強さがそう感じさせるようです。
美食家ロッシーニを育てたのは、マルケ州の食材の豊富さという土地柄がおおいに関係しているようです。
Foto da comune di ancona e cucina corrierre,marchigiani, turismonumana.it rigionemarche

美食家グルマンのジョアキーノ・ロッシーニが育ったマルケ州は、東にアドリア海、内陸にはアッペンニーノ山脈があり、新鮮な食材、自然の恩恵に授かった食材が豊富なところです。

マルケ州は食材が豊富なことから、各地域の伝統料理が数多く存在しています。
魚貝料理はもちろんのこと、トリュフの産地でもあり、数種類のきのこや栗やドングリ、松の実など、それらを食し育った名物の豚料理に至るまでバラエティに富んでいます。
魚貝料理アドリア海の新鮮な魚貝を使ったシーフード料理は、地域ごとのオリジナル色を出した伝統料理として愛されています。
魚介のスープ 『 ブロデット 』 
マルケ州のブイヤベースと言うと分かりやすいでしょうか。
新鮮な魚介をふんだんに使っているので、海岸沿いの地域の自慢の一皿です。
干しダラ料理 『 ストッカフィッソ 』 
アンコーナの伝統料理で、干した鱈(タラ)を使ったお料理です。
肉料理 マルケ州は、牛、豚、鶏、野生のジビエなどの肉料理は、マルケ 州のシンボル的なお料理です。

とりわけ豚は、沖縄と同じように鳴き声以外のすべてを食することで有名。 こちらは子豚の丸焼き。
子豚料理 『 コニリオ・イン・ポルケッタ 』
豚肉の中にウサギ肉を詰めてローストしたお料理。
子豚料理 『 ポッロ・イン・ポルケッタ 』
こちらは、鶏肉を詰めた子豚料理。
豚肉のハムやサラミなどの加工食品
豚を余すことなく使って作られる様々なハムやサラミの種類の豊富さに、感動さえ覚えます。
豚の鼻のソーセージなど興味深いものもあります。
プロシュット・ディ・カルペーニャ
生ハムで有名なエミリア・ロマーナ州のすぐお隣りにあるカルペーニャの村の生ハムも高品質の生ハムの産地です。
マルケ風ラザーニェ 『 ヴィンチ・グラッシ 』
ラザーニェ(ラザニア)は、豚のひき肉を使ったパスタ料理ですが、マルケ州のラザーニェ 『 ヴィンチスグラッシ 』 は、ひと味違うそうです。 地域により、家庭により異なりますが、豚の血やレバーも入れるところもあるそうです。
オリーブのフライ 『 アスコラーナ 』
アスコリ・ピチェーノの名物料理 『 アスコラーナ 』 。
アスコリ・ピチェーノで獲れる大粒のオリーブの実にミンチ肉を詰めて揚げた料理で、冷えた白ワイン“ヴェルディッキオ”に合うおつまみです。
ウルビーノの名物パスタ 『 パッサテッリ 』 
パン粉にマルミジャーノ・チーズにお肉などを混ぜてこねたパスタ料理。 ブロードのスープで茹でたパスタで、日本のだんご汁に近いものです。
*このお料理は、お隣りエミリア・ロマーニャやトスカーナにも存在しています。
パスタ 『 マッケローニ・ディ・カンポフィローネ 』
アスコリ・ピチェーノ県にあるカンポフィローネという町の名物パスタ。 素麺のように細いパスタです。
かたつむり料理
フランスでは一般的なカタツムリ。 山間のマルケ州やお隣りのウンブリア州でも古くから食べられている食材です。
フェンネル(ウイキョウ)やハーブとトマトなどで煮込んだ郷土料理。
興味のある方は是非お試しあれ!
いろいろとマルケの名物料理を並べてみましたが、これもほんの一部でしかありません。 マルケのお料理は味付けがしっかり、濃いめに感じますが、食材の持つ風味の強さがそう感じさせるようです。
美食家ロッシーニを育てたのは、マルケ州の食材の豊富さという土地柄がおおいに関係しているようです。
Foto da comune di ancona e cucina corrierre,marchigiani, turismonumana.it rigionemarche
Posted by リストランテ ラビュー Ristorante Ravieu at
19:46
│イタリアの州と美味しい街
2012年04月27日
2012特集 ④ マルケ州 Ⅱ 州都アンコーナ県
今日はマルケ州の州都であり、県都でもある 『 アンコーナ 』 の紹介です。

アンコーナは、紀元前4世紀頃にギリシャ人によって造られ、町の名前はギリシャ語に由来しているそうです。
アンコーナの街

港町アンコーナは、アドリア海に面している為、古代から重要な港として栄え、また宗教迫害や民族による侵略の歴史を持ちます。
街はギリシャ人により造られ、最も繁栄した時代は5賢帝の一人、ローマ皇帝トライアーノ ( トライヤヌス ) の治下の時代でした。

トライアーノ ( トラヤヌス ) の凱旋門は、その時代の繁栄を残す遺跡です。
トライアーノとかトラヤヌスという名前の付く凱旋門や橋などは、イタリア中で今でも数多く見ることが出来る史跡です。
凱旋門の後ろの丘にそびえ立つのが、サン・チリアーコ大聖堂。

かつてギリシャ神殿が建っていた丘の上にサン・チリアーコ大聖堂は、アンコーナの街を見守るように建っています。

モーレ・ヴァンヴィテッリアーナの要塞は、5角形で18世紀の建造物で、人工島に建てられ陸地とは3本の橋でつながっている造りとなっている。
これは当時の軍事施設として造られ、伝染病などからの隔離目的で建てられたのだそう。 現在で言うシェルターですね。
リヴィエラ・ディ・コーネロ

港町アンコーナから南下する海岸線は、 “ リヴィエラ・ディ・コーネロ ” と称されるリゾート地。
また、周辺はコーネロ山州立公園で、自然景観保護地区。

アドリア海で獲れる海の幸も新鮮で美味しいところです。
小さなかわいい町が海岸沿いに点在しています。

この二つの岩は、 「レ・ドゥエ・ソレッレ 」 (2人姉妹のビーチ) と呼ばれている名勝地。

マルケ州が誇る真っ白い砂浜と長い海岸線が続いています。
巡礼地ロレート

小高い丘の上にそびえるロレートは、世界で最も重要な巡礼地のひとつで、教会の前の聖母マリア広場には、毎日多くの巡礼者の姿があります。
『 聖なる家 』 を祀る教会は、1294年にナザレ(イスラエル北部の町)にあった聖母マリアの家が、天使によってこのロレートに運ばれたという伝説があり、古くからキリスト教の重要な巡礼地となっている町です。聖母マリアが受胎告知を受けたといわれる家です。

伝説はさておき、実際にはあの十字軍撤退と同時に、船で運ばれてきたとされている 「 聖なる家 」 は、教会内のドームの下にあって、見事な浮き彫りの装飾を施した大理石で覆われています。
これは、聖母マリアの物語を大理石のレリーフ装飾で表現したあのブラマンテによる荘厳な傑作。
ちなみにこの教会には、日本から安土桃山時代に4人の天正少年使節団も巡礼に訪れた歴史があるそうです。
ミサの時に聖書を立て架ける折りたたみ式の漆器の豪華な書見台と屏風が残されているそうですよ。
フラサッシ鍾乳洞

アンコーナから約60km離れた山岳地方に、ジェンガという小高い丘の上にある城壁に囲まれた小さな街があります。
その町のちかくにフラサッシ峡谷州立公園があります。

ロッサ峡谷やフラサッシ峡谷があり、そしてイタリアで最大規模の “ フラサッシ鍾乳洞 ” があります。
ここは140万年前に起源を持つ、大鍾乳洞なのだそうです。
現在でも日本からも数多くの信者が訪れる巡礼地ロレート。 1580年代に、当時12歳の少年達が遥かイタリアのこの地を訪れていたことを、現代に同じ場所に立つと、感慨深いものを感じます。
Foto da marchenotizie e sirolo.it, terra di Santi

アンコーナは、紀元前4世紀頃にギリシャ人によって造られ、町の名前はギリシャ語に由来しているそうです。
アンコーナの街
港町アンコーナは、アドリア海に面している為、古代から重要な港として栄え、また宗教迫害や民族による侵略の歴史を持ちます。
街はギリシャ人により造られ、最も繁栄した時代は5賢帝の一人、ローマ皇帝トライアーノ ( トライヤヌス ) の治下の時代でした。

トライアーノ ( トラヤヌス ) の凱旋門は、その時代の繁栄を残す遺跡です。
トライアーノとかトラヤヌスという名前の付く凱旋門や橋などは、イタリア中で今でも数多く見ることが出来る史跡です。凱旋門の後ろの丘にそびえ立つのが、サン・チリアーコ大聖堂。

かつてギリシャ神殿が建っていた丘の上にサン・チリアーコ大聖堂は、アンコーナの街を見守るように建っています。

モーレ・ヴァンヴィテッリアーナの要塞は、5角形で18世紀の建造物で、人工島に建てられ陸地とは3本の橋でつながっている造りとなっている。
これは当時の軍事施設として造られ、伝染病などからの隔離目的で建てられたのだそう。 現在で言うシェルターですね。
リヴィエラ・ディ・コーネロ
港町アンコーナから南下する海岸線は、 “ リヴィエラ・ディ・コーネロ ” と称されるリゾート地。
また、周辺はコーネロ山州立公園で、自然景観保護地区。

アドリア海で獲れる海の幸も新鮮で美味しいところです。
小さなかわいい町が海岸沿いに点在しています。

この二つの岩は、 「レ・ドゥエ・ソレッレ 」 (2人姉妹のビーチ) と呼ばれている名勝地。

マルケ州が誇る真っ白い砂浜と長い海岸線が続いています。
巡礼地ロレート
小高い丘の上にそびえるロレートは、世界で最も重要な巡礼地のひとつで、教会の前の聖母マリア広場には、毎日多くの巡礼者の姿があります。
『 聖なる家 』 を祀る教会は、1294年にナザレ(イスラエル北部の町)にあった聖母マリアの家が、天使によってこのロレートに運ばれたという伝説があり、古くからキリスト教の重要な巡礼地となっている町です。聖母マリアが受胎告知を受けたといわれる家です。

伝説はさておき、実際にはあの十字軍撤退と同時に、船で運ばれてきたとされている 「 聖なる家 」 は、教会内のドームの下にあって、見事な浮き彫りの装飾を施した大理石で覆われています。
これは、聖母マリアの物語を大理石のレリーフ装飾で表現したあのブラマンテによる荘厳な傑作。
ちなみにこの教会には、日本から安土桃山時代に4人の天正少年使節団も巡礼に訪れた歴史があるそうです。ミサの時に聖書を立て架ける折りたたみ式の漆器の豪華な書見台と屏風が残されているそうですよ。
フラサッシ鍾乳洞 
アンコーナから約60km離れた山岳地方に、ジェンガという小高い丘の上にある城壁に囲まれた小さな街があります。
その町のちかくにフラサッシ峡谷州立公園があります。

ロッサ峡谷やフラサッシ峡谷があり、そしてイタリアで最大規模の “ フラサッシ鍾乳洞 ” があります。
ここは140万年前に起源を持つ、大鍾乳洞なのだそうです。
現在でも日本からも数多くの信者が訪れる巡礼地ロレート。 1580年代に、当時12歳の少年達が遥かイタリアのこの地を訪れていたことを、現代に同じ場所に立つと、感慨深いものを感じます。
Foto da marchenotizie e sirolo.it, terra di Santi
Posted by リストランテ ラビュー Ristorante Ravieu at
21:44
│イタリアの州と美味しい街
